硫酸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
濃硫酸から転送)
硫酸
{{{画像alt1}}}
{{{画像alt2}}}
{{{画像alt3}}}
識別情報
CAS登録番号 7664-93-9 チェック
EC番号 231-639-5
E番号 E513 (pH調整剤、固化防止剤)
国連/北米番号 1830
RTECS番号 WS5600000
特性
化学式 H2SO4
モル質量 98.08 g mol−1
外観 無色の油状液体
密度 1.84 g cm−3, 液体
融点

10 °C, 283 K, 50 °F

沸点

290 °C, 563 K, 554 °F

への溶解度 任意に混和
酸解離定数 pKa −3
粘度 26.7 cP (20 °C)
熱化学
標準生成熱 ΔfHo −813.989 kJ mol−1
標準モルエントロピー So 156.904 J mol−1K−1
標準定圧モル比熱, Cpo 138.91 J mol−1K−1
危険性
安全データシート(外部リンク) 厚生労働省モデルSDS
GHSピクトグラム 急性毒性(高毒性) 腐食性物質 経口・吸飲による有害性 [1]
GHSシグナルワード 危険 [1]
Hフレーズ
  • 飲み込むと有害のおそれ(経口)
  • 吸入すると生命に危険(ミスト)
  • 重篤な皮膚の薬傷・眼の損傷
  • 長期又は反復ばく露による呼吸器系の障害
  • 水生生物に有害 [1]
NFPA 704
0
3
2
W
OX
引火点 不燃性
関連する物質
関連する強酸 セレン酸
塩酸
硝酸
関連物質 発煙硫酸
二酸化硫黄
三酸化硫黄
ペルオキソ一硫酸
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

硫酸(りゅうさん、: sulfuric acid: Schwefelsäure)は、緑礬油(りょくばんゆ)、ビトリオール油としても知られており、硫黄酸素水素の元素からなる鉱酸である。分子式はH2SO4 で、無色、無臭の粘性のある液体で、水と混和する[2]

純粋な硫酸は、水蒸気との親和性が高いため自然界には存在せず、空気中の水蒸気を容易に吸収する吸湿性がある[2]。濃硫酸は、強力な脱水作用を持つ酸化剤であるため、岩石や金属などの他の物質に対して強い腐食性を示す。五酸化二リンは例外的に酸の脱水性の影響を受けず、逆に硫酸を脱水して三酸化硫黄になる。硫酸を水に加えるとかなりの熱が発生する。逆に硫酸に水を加えて溶液を沸騰させると、その際に高温の酸が飛散する可能性があるため、そのような手順は行わない方がよい。硫酸が体組織に接触すると、重度の酸性化学熱傷や、脱水症状による二次熱傷を引き起こす可能性がある[3] [4]。希硫酸は、酸化作用や脱水作用がないため危険性はかなり低いが、酸性であるため取り扱いには注意が必要である。

硫酸は非常に重要な汎用化学品であり、硫酸の生産量はその国の工業力を示す良い指標となる[5]。硫酸は、接触法、湿式硫酸法、鉛室法など、さまざまな方法で広く生産されている[6]肥料製造に最もよく使われている[7]が、鉱物処理石油精製、廃水処理、化学合成にも重要である。また、家庭用の酸性排水処理剤[8]鉛蓄電池電解質、化合物の脱水、各種洗浄剤など、最終的な用途は多岐にわたっている。硫酸は、三酸化硫黄を水に溶かすことで得られる。

化学的性質[編集]

硫酸は三酸化硫黄 (SO3) をと反応させて得られる、やや粘性のある酸性の液体である。

塩酸などとは異なり不揮発性であるため、濃度の低い硫酸であっても水分が蒸発すると濃縮されるので、衣服に付いた場合などは、そのまま放置すると穴が開く危険性があり、また、皮膚に付いたものを放置すると、火傷をする恐れがある。

水和[編集]

水分子との強い親和力により吸湿性と強い脱水作用があり、有機化合物から水素と酸素を水分子の形で引き抜く。ショ糖に濃硫酸をかけると炭化したり、濃硫酸が皮膚に付くと火傷を起こすのは、この脱水作用と発熱およびプロトン化能力のためである。

硫酸の水和熱は極めて大きく第一水和エンタルピー変化は以下の通りである[9]

,   

また硫酸の溶解エンタルピー変化は以下の通りである。

,   

このため濃硫酸を希釈する場合は、発熱に注意しながら、撹拌しながら水の側に濃硫酸を少しずつゆっくりと加えていかなければならない(塩酸硝酸など他の強酸類も同様)。

硫酸を水に溶かすと発熱するが、氷と混ぜると多くの水溶性化合物に見られるように、逆に寒剤ともなり得る。

金属に対する反応[編集]

金属と反応させた場合の挙動は、金属の種類のほか、硫酸の濃度と温度に依存する。例えば濃度と温度がいずれも高い熱濃硫酸では、酸化力が高くなる。

反応生成物も変化に富む。一般には、水素 (H2)、硫化水素 (H2S)、硫黄 (S)、二酸化硫黄 (SO2)、金属の硫化物、硫酸塩が生成される。

希硫酸は水素よりイオン化傾向の大きな金属と反応し水素を発生させる。ただし、は表面に不溶性の硫酸鉛を生じ反応が進行しない。スズニッケルなどとの反応も極めて遅い。亜鉛との反応は実験室で手軽に水素ガスを発生させる方法として用いられる。

濃硫酸を加熱したものを熱濃硫酸(ねつのうりゅうさん)という。290℃以上では濃硫酸は水と三酸化硫黄に分解し、三酸化硫黄は酸化力を持ち、これ以下の温度でも平衡混合物として三酸化硫黄が存在する。そのため熱濃硫酸には強い酸化力があり、酸化剤として用いられる。イオン化傾向の小さいなどとも反応する。また炭素、硫黄などの非金属とも反応する。 例えば熱濃硫酸と銀との化学反応式は以下のようになる。

有機物に対する求電子置換反応[編集]

熱濃硫酸は芳香族化合物などの有機物とスルホン化反応を起こす(ただし発煙硫酸を使う方法のほうが一般的である)。これは平衡生成物として僅かに存在しているSO₃による求電子置換反応である。この反応により生成するスルホン酸RSO3H)は1価の強酸である。

ベンゼンのスルホン化反応

硝酸と濃硫酸を混合した混酸は、有機物とニトロ化反応を起こし、グリセリンなどアルコールと反応して硝酸エステルを生成する。これも強酸性媒体である濃硫酸中で硝酸がプロトン化を受け続いて脱水した結果生成したニトロイルイオン(nitroyl / NO+
2
)による求電子置換反応である。

純硫酸中の平衡[編集]

純硫酸は濃硫酸に計算量の三酸化硫黄または発煙硫酸を反応させて得られるが、これを加熱するとやはり290 ℃以上で分解が始まり、さらに加熱により98.33%の水溶液となり、沸点338 ℃の共沸混合物となる。

硫酸水溶液の濃度と酸度関数(抜粋)[10]
重量% 10 20 30 40 50 60 70 80 90 99.44
H0 −0.31 −1.01 −1.72 −2.41 −3.38 −4.46 −5.8 −7.34 −8.92 −11.21

濃硫酸、とくに100%の純硫酸であっても分子性の液体としては比較的高度に電離しており[11]水素イオン(実際にはH3SO+
4
)は10-2 mol kg−1程度生成し、また溶媒としての硫酸は溶質プロトン(水素イオン)を供与する力が非常に強くハメットの酸度関数ではH0 = −11.94を示す[12]。しかし酸度関数も濃度により変化する。

プロトン性極性溶媒である純硫酸には自己解離および縮合などの平衡が存在し10 ℃の平衡定数は以下の通りである[13]

,  
,  
,  
,  

平衡にある純硫酸中の化学種の濃度はH3SO+
4
(1.13×10-2 mol kg-1), HSO
4
(1.50×10-2 mol kg-1), H3O+(8.0×10-3 mol kg-1), HS2O+
7
(4.4×10-3 mol kg−1), H2S2O7(3.6×10-3 mol kg-1), H2O(1×10-4 mol kg-1)であり[14]、分子性の液体としてはかなり高い電気伝導度を示し、25℃における比電気伝導度は1.044×10-2 Ω-1 cm-1である。

この電気伝導度の値は純硝酸の3.72×10-2 Ω-1 cm-1(25℃)よりは低いものの、フルオロ硫酸の1.085×10-4 Ω-1 cm-1(25℃)、純フッ化水素の1.6×10-6 Ω-1 cm-1(0℃)、および純水の6.40×10-8 Ω-1 cm-1(25℃)よりもはるかに高い[13]

水溶液中の電離平衡[編集]

硫酸は水溶液中では強い二塩基酸として働き、一段目はほぼ完全解離、二段目はやや不完全となる。2価の酸であっても塩基水溶液による水溶液中の中和滴定曲線は1価の強酸と類似の形状を示し第一当量点は現れない。

その酸解離定数熱力学的定数)は25 ℃において以下の通りである[12][15]。ここで 活量を表すが、希薄水溶液では質量モル濃度(モル濃度にもほぼ漸近する)に近い。

水酸化ナトリウム水溶液による中和滴定曲線

第一解離定数[編集]

第二解離定数[編集]

二段階目の解離に関するエンタルピー変化、ギブスの自由エネルギー変化、エントロピー変化および定圧モル比熱変化は以下の通りである[9]。解離に伴うエントロピーの減少は、イオンの電荷の増加に伴う水和の程度の増加に起因する。

第二解離 −21.93 kJ mol−1 11.38 kJ mol−1 −111.7 J mol−1 K−1 −209 J mol−1 K−1

物理的性質[編集]

濃度98%の硫酸の融点は3 ℃、比重は1.84 (15 ℃) である。204 ℃、98.33%の濃度で水と三酸化硫黄の分圧が等しくなるため、不揮発性ではあるが、温度を上げるだけではこれ以上濃度を高めることはできない。

濃度が薄いほど密度が水に近くなり、濃度が高くなるにつれて密度と粘稠性(粘り気)が増す。硫酸の粘度 (Pa s) は多くの液体で見られるように温度の上昇とともに低下し、常温25 ℃、1気圧では、23.8×10-3であるが、50 ℃で11.7×10-3、100 ℃では4.1×10-3となる。しかし、ヒドロキシ基により強い水素結合が生成されるため[12]、粘度は水の数十倍にもなる[16]

硫酸溶液の濃度と密度の性質を利用して鉛バッテリー液などでは、液比重計を使用して硫酸溶液の濃度を測定している。

純硫酸の25 ℃における比誘電率は101であり、イオン解離に有利な溶媒であるといえる[11]

質量濃度

H2SO4

密度

(kg/L)

モル濃度

(mol/L)

一般名
<29% 1.00-1.25 <4.2 希硫酸
29–32% 1.25–1.28 4.2–5.0 バッテリー液

(鉛電池で使用)

62–70% 1.52–1.60 9.6–11.5 チャンバー酸

肥料酸

78–80% 1.70–1.73 13.5–14.0 タワー酸

グラバー酸

93.2% 1.83 17.4 66 °Bé (ボーメ度66の硫酸)
98.3% 1.84 18.4 濃硫酸

歴史[編集]

イスラム錬金術[編集]

アランビック蒸留器

硫酸を発見した人物として2人の名前が知られている。1人は8世紀のイスラム世界の錬金術師ジャービル・イブン=ハイヤーン(ラテン名ゲベルGeber)であり、ミョウバンもしくは緑礬(りょくばん、硫酸鉄(II) 7水和物を主体とする鉱石)を乾留して硫酸を得たとされている。もう1人は9世紀のイスラム社会の医者であり錬金術師であったイプン・ザカリア・アル・ラーズィー (ラテン名ラーゼスRhases) である。緑礬あるいは胆礬硫酸銅(II)5水和物を主体とする鉱石)を乾留して硫酸を発見した。いずれにせよ乾留の過程で、熱分解によって酸化鉄(III)あるいは酸化銅(II)とともに三酸化硫黄が生じる。これが水を吸って凝縮し、希硫酸が得られた。

この方法は、アルベルトゥス・マグヌスなどによるイスラム文献の翻訳により、ヨーロッパへと伝えられた。このような由来により中世の錬金術師の間では、硫酸は礬油(oleum vitrioli)・礬精(spiritus vitrioli)と呼ばれていた。

14世紀には、ベネディクト会の修道士であり、錬金術学者でもあったバレンティヌス (Basilius Valentinus) が硫黄硝石を併せて燃焼させると、金属を溶かす性質のある液体(硫酸)が得られることを発見した。

1600年ごろ、オランダ人の発明家コルネリウス・ドレベル (Cornelius Jacobszoon Drebbel) は、熱した硫黄と硝石から当時としては最も効率よく硫酸を回収する方法を確立した。ドレベルの手法は150年後に登場するローバックの鉛室法につながっていった。

17世紀にはドイツの化学者ヨハン・ルドルフ・グラウバー (Johann Rudolph Glauber) がアムステルダムに硫酸工場を設立している。水蒸気を通じながら、硫黄を硝石と一緒に燃やす手法を採った。硝石の分解生成物が硫黄を酸化して三酸化硫黄を作り、三酸化硫黄と水の化合物として硫酸を得ていた。硫酸工場の目的は、硝石と反応させて硝酸を製造するためであった。1654年には食塩に硫酸を反応させて塩酸を発見している。このとき生成する硫酸ナトリウムは彼の名からグラウバー塩とも呼ばれる。

産業革命[編集]

1736年には、イギリスのジョシュア・ウォード (Joshua Ward) が全工程にガラス容器を用い、グラウバーの製法を用いて生産規模を拡大した。

1746年にイギリスの化学技術者ジョン・ローバック (John Roebuck) が反応容器の素材をそれまでのガラスからに変え、鉛室法の基礎を確立した。硫酸の製造コストを大幅に引き下げることができたため、鉛室法の工場はイギリス中に広まった。繊維漂白剤の製造に硫酸が欠かせなかったことから、17世紀から18世紀当時の産業革命の進展に大いに寄与した。

1793年フランスの化学者ニコラ・クレマン (Nicolas Clement) とシャルル・デゾルム英語版 (Charles Bernard Désormes) が鉛室法を完成した。鉛の容器中で硫黄と硝石に「空気を通じながら」燃焼させたことに特徴がある。クレマンとデゾルムは、1811年にヨウ素を発見した化学工業家ベルナール・クールトアの友人であり、ヨウ素のサンプルの分析を依頼されて発見を再確認し、1813年11月29日にクールトアの業績を公開している。

その後、鉛室の前段階で硫黄を燃焼させ、三酸化硫黄を製造する工程が発明された。

1818年、フランスの物理学者、化学者であるゲイ=リュサックが鉛室法を改良、1827年には、鉛室で生成した窒素酸化物を回収するため、鉛室の後段に接続するゲイ=リュサック塔を考案した。1837年にはフランスの硫酸工場に最初の塔が設置されたものの、広範囲には使われなかった。

1859年には、イギリスのジョン・グローバー (John Glover) が回収した不純物を含む硫酸から硝酸を分離するためのグローバー塔を考案した。ゲイ=リュサック塔はグローバー塔と組み合わせることで真価を発揮し、硝酸法の地位が確立した。これをもって、硫酸製造の工業化が完成されたとされている。硫黄の燃焼室、グローバー塔、鉛室、ゲイ=リュサック塔を直列に接続し、グローバー塔とゲイ=リュサック塔の間で硫酸を循環させるシステムができあがった。

1870年代には、鉛室の前後に2種類の塔を備えた硫酸工場がイギリスを中心にヨーロッパ中に広まった。

鉛室法は長い間標準的な製法であったが、白金触媒を用いる接触法が開発され、ついで、1915年に発見された五酸化二バナジウム (V2O5) 触媒を用いるBASF法に置き換えられていった。

日本国内の製造史[編集]

国内最初の硫酸製造工場は、1872年5月20日(旧暦明治5年4月14日)、大阪市北区天満にある大阪造幣局に設置された。大阪造幣局創設の翌年である。貨幣に利用する合金の分離精製、および円形(えんぎょう/金属板を貨幣の形に打ち抜いたもの)の洗浄に用いるためである。当時の製造設備は硝酸法の一種である鉛室式であり、製造能力は1日当たり、180キログラムであった[17]

硝酸法のもう一つの製造方法である接触法の製造設備は日露戦争中である1905年に登場した。設置場所は、神奈川県平塚市にあった平塚海軍火薬廠である。製造能力は1日当たり、3,000キログラムであった。

工業的製法[編集]

硫酸の原料は亜硫酸ガスすなわち二酸化硫黄 (SO2) である。現在日本国内では銅などの非鉄金属製錬副産物を二酸化硫黄の原料としている。現在は日本国内では行われてはいないが黄鉄鉱などの焙焼でも得られ、石油脱硫による回収硫黄も原料となり得る。

硫酸は二酸化硫黄を酸化し水と反応させることで製造されている。

酸化の方法は大きく接触法と硝酸法に分かれる。歴史的には窒素酸化物触媒とする硝酸式(代表的なものは鉛室法)で製造されてきたが、製造できる硫酸の濃度が低く、装置とくに鉛室の鉛に起因する不純物も多くなってしまう。2004年現在、日本国内ではすべて接触法で硫酸を製造している。

接触法では、二酸化硫黄酸化するために五酸化二バナジウムを表面に付着させたペレットやタブレットを用いる(触媒の失活を抑えるための添加物に特色があり、各種触媒が開発された)[18]。固体触媒を使い二酸化硫黄ガスを直接酸化させるため不純物の少ない三酸化硫黄(無水硫酸)が得られる。

三酸化硫黄は水ときわめて激しく反応して、生成物が飛散しやすいため、吸収塔内で反応生成物である三酸化硫黄を濃硫酸に過剰に吸収させて発煙硫酸 (H2SO4·nSO3) とし、純水で希釈して最終製品である濃度が93 %、95 %、98 %の濃硫酸が得られる。得られた濃硫酸はプロセスに戻して三酸化硫黄の溶媒として用いるほかに、原料ガスの脱水にも用いられる[19]

補足1: 三酸化硫黄とは発熱を伴って激しく反応し、硫酸を生じる。その化学反応式を以下に示す。

補足2: 二酸化硫黄を二酸化窒素により酸化する硝酸法による硫酸製造の反応式。

補足3: 過酸化水素で酸化することによる方法

生産[編集]

硫酸はさまざまな肥料繊維薬品の製造に不可欠である。そのため、硫酸の生産能力は、一国の化学産業の指標となっている。2000年現在の年間生産量では、全世界の9600万トンのうち、中国が2400万トンを占める。次いで、アメリカ合衆国の960万トン、ロシアの830万トン、日本の710万トン、インドの550万トンである。中国とインドは5年間で生産量を約30%伸ばしており、ロシアも成長しているが、日本は微増にとどまり、アメリカ合衆国は減少している。

2016年度日本国内生産量は 6,460,710t、消費量は 762,555t である[20]

用途[編集]

鉛蓄電池

硫酸を原料(実際には発煙硫酸と塩化水素から製造したクロロスルホン酸を反応に用いる)に合成される直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムRC6H4SO3Na)および高級アルコールの硫酸モノエステルのナトリウム塩であるラウリル硫酸ナトリウムCH3(CH2)11OSO3Na)は合成洗剤シャンプーおよび歯磨き粉などの界面活性剤として用いられる。多数のスルホ基(-SO3H)を有する高分子は陽イオン交換樹脂として、イオン交換膜および水の精製などに用いられる。酸触媒としてはニトロ化合物製造の反応助剤として重要な役割を持つ。

また安価な強酸であることから希硫酸は、デンプンの糖化による水飴の製造、臭素およびヨウ素の製造、紡績、金属の電解精錬用の電解液としても用いられる。鉛蓄電池の電解液としては濃度約33%(d=1.24 g cm−3)の希硫酸が用いられ、放電に伴い濃度は低下する。

肥料としては硫安過リン酸石灰の製造原料として大量に消費される。紙を濃硫酸で処理した半透明の薄い紙は硫酸紙と呼ばれ、羊皮紙の代用として用いられる[21]

イオン[編集]

硫酸イオン(2次元)

硫酸イオン[編集]

硫酸イオン(3次元)

硫酸イオン(りゅうさんいおん、sulfate, SO2−
4
)は主に硫酸およびその化合物の電離、分解などによって生成する2価の陰イオン硫酸塩結晶中にも存在する、硫黄化合物である。

正四面体型構造で、硫酸ヒドラジン(N₂H₆SO₄)結晶中のS-O結合距離は149pmであり、単結合二重結合の中間的な長さに相当する。このS-O間の共有結合に関しては、当初はs、p軌道に加えd軌道も混じった混成であるという意見や(これはd軌道のエネルギーの高さから、SF6の場合と同様早期に否定的な意見が出ている)、酸素原子上の非共有電子対のバックドネーション的な効果が提唱されていたものの、実験と理論の両面からの検討により単結合と捉えるのが妥当であることが判明した[22]。なお単なる単結合より結合距離が短い点に関しては、酸素原子と硫黄原子上にそれぞれ−1.5と+4価程度の電荷が存在すること、共有結合そのものも分極が強く電荷にかなりの偏りがあることにより、S-O間に共有結合に加えクーロン力(イオン結合的な力)が働いているためである。

硫酸は強い酸化剤となるため、イオン化傾向の低い金属などにも作用し、硫酸イオンを含む多くの金属の化合物を作る。硫酸イオンより酸素原子が1つ少ないイオン (SO2−
3
) は亜硫酸イオンと呼ばれる。

金属イオンに対する配位結合は弱いほうであるが、コバルト(III)イオンなどに対してはスルファト錯体(sulfato)を形成する。

海水中にもかなり多量に溶存し、その濃度は2.8 g dm−3、0.029 mol dm−3と陰イオンとしては塩化物イオンに次いで多量に存在する。

硫酸水素イオン[編集]

硫酸水素イオン
硫酸水素イオン

硫酸水素イオン(りゅうさんすいそいおん、hydrogensulfate, HSO4)は硫酸の一段階目の電離により生成し、また硫酸水素塩の結晶中に存在する1価の陰イオンであり、やや歪んだ四面体型構造で、水素原子が結合したO-S結合距離がやや長い。

希硫酸中には硫酸イオンは寧ろ低濃度でしか存在せず陰イオンの多くは硫酸水素イオンとして存在し、硫酸濃度を10−2 mol dm−3程度以下に希釈をして初めて硫酸イオンが主な化学種となる。 たとえばラマンスペクトルによる結果では3.5 mol kg−1 (3.07 mol dm−3)の希硫酸ではHSO4が2.06 mol dm−3、SO42−が1.01 mol dm−3である[23]

[編集]

硫酸鉄(II)七水和物
硫酸鉄(II)七水和物
硫酸銅(II)五水和物
硫酸銅(II)五水和物
クロムミョウバン
クロムミョウバン

硫酸は製造が安価にできる不揮発性の強酸であるために、種々の硫酸塩が工業製品として製造されている。

硫酸塩は硫酸イオンを含むイオン結晶であり、多くのものは水溶性であるが、アルカリ土類金属塩(CaSO4, SrSO4, BaSO4, RaSO4)、塩(PbSO4)および銀塩(Ag2SO4) は難溶性であり、バリウム塩およびラジウム塩は特に水への溶解度が極めて低い。本来硫酸イオンは無色透明であるが遷移金属イオンを含むものは様々な色を呈する。(記事 硫酸塩も参照のこと)

硫酸水素塩[編集]

硫酸水素塩(りゅうさんすいそえん、hydrogensulfate)は硫酸水素イオン(HSO4)を含むイオン結晶で、水素塩(酸性塩)の一種であり、広義には硫酸塩に含まれる。重硫酸塩(じゅうりゅうさんえん、bisulfate)、酸性硫酸塩(さんせいりゅうさんえん、acid sulfate)などと呼ばれることもあるが正式名称ではない。多くのものが吸湿性で水に易溶であり、水溶液は硫酸水素イオンの電離のため酸性を示す。

硫酸水素塩はアルカリ金属塩(MIHSO4)が硫酸塩と硫酸の等モル混合水溶液の濃縮により得られ比較的安定であり、加熱により脱水し二硫酸塩(MI2S2O7)となる。難溶性塩の酸性融解の融剤あるいは白金坩堝などの洗浄に用いられる。

アルカリ土類金属塩、鉛塩(MII(HSO4)2)などは硫酸塩を熱濃硫酸に溶解し冷却すると得られるが、吸湿により硫酸塩と硫酸に分解しやすい[21]

また硫酸一水和物H2SO4·H2Oは濃硫酸に計算量の水を加えて冷却すると結晶として得られ、融点は8.5℃であり固体(H3O+·HSO4)はオキソニウムイオンと硫酸水素イオンからなるイオン結晶である。

硫酸塩鉱物[編集]

透石膏
天青石
天青石

鉱物学において、硫酸塩からなる鉱物硫酸塩鉱物(りゅうさんえんこうぶつ、sulfate mineral)という。硫化鉱物の酸化および熱水からの析出などにより生成し、以下のようなものがある。

硫酸エステル[編集]

硫酸とアルコールとが脱水縮合した構造を持つ誘導体を示す。モノエステル(ROSO2OH)およびジエステル((RO)2SO2)が存在し、モノエステルは1価の強酸である。

硫酸に因む地名[編集]

硫酸町バス停
  • 硫酸町(りゅうさんまち 山口県山陽小野田市小野田)
    • 日産化学工業小野田工場に由来。かつては硫酸町商店街もあった。現在「硫酸町」は通称地名の扱いだが、引き続き独自の郵便番号が割り振られている(〒756-0807)。[要出典]
    • 硫酸町バス停(サンデン交通船鉄バス

脚注・参考文献[編集]

  1. ^ a b c 厚生労働省モデルSDS
  2. ^ a b Sulfuric acid safety data sheet”. arkema-inc.com. 2012年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。8/29/2021閲覧。 “Clear to turbid oily odorless liquid, colorless to slightly yellow.”
  3. ^ Sulfuric acid – uses”. dynamicscience.com.au. 2013年5月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。8/29/2021閲覧。
  4. ^ BASF Chemical Emergency Medical Guidelines – Sulfuric acid (H2SO4)”. BASF Chemical Company (2012年). 2019年6月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年12月18日閲覧。
  5. ^ Chenier, Philip J. (1987). Survey of Industrial Chemistry. New York: John Wiley & Sons. pp. 45–57. ISBN 978-0-471-01077-7. https://archive.org/details/surveyofindustri0000chen/page/45 
  6. ^ Hermann Müller "Sulfuric Acid and Sulfur Trioxide" in Ullmann's Encyclopedia of Industrial Chemistry, Wiley-VCH, Weinheim. 2000 doi:10.1002/14356007.a25_635
  7. ^ Sulfuric acid”. 2019年2月21日閲覧。
  8. ^ Sulphuric acid drain cleaner”. herchem.com. 2013年10月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年6月7日閲覧。
  9. ^ a b D.D. Wagman, W.H. Evans, V.B. Parker, R.H. Schumm, I. Halow, S.M. Bailey, K.L. Churney, R.I. Nuttal, K.L. Churney and R.I. Nuttal, The NBS tables of chemical thermodynamics properties, J. Phys. Chem. Ref. Data 11 Suppl. 2 (1982)
  10. ^ M.J.Jorgentson, D.R. Hatter, J. Am. Chem. Soc., vol.85,878(1963).
  11. ^ a b シャロー 『溶液内の化学反応と平衡』 藤永太一郎、佐藤昌憲訳、丸善、1975年
  12. ^ a b c 田中元治 『基礎化学選書8 酸と塩基』 裳華房、1971年
  13. ^ a b F.A. コットン, G. ウィルキンソン著, 中原 勝儼訳 『コットン・ウィルキンソン無機化学』 培風館、1987年, 原書:F. ALBERT COTTON and GEOFFREY WILKINSON, Cotton and Wilkinson ADVANCED INORGANIC CHEMISTRY A COMPREHENSIVE TEXT Fourth Edition, INTERSCIENCE, 1980.
  14. ^ Greenwood, Norman N.; Earnshaw, A. (1997). Chemistry of the Elements, 2nd Edition, Oxford: Butterworth-Heinemann.
  15. ^ 湯川泰秀訳 『ストライトウィーザー有機化学解説(1)(第4版)』 広川書店、1995年
  16. ^ 国立天文台編『理科年表 平成25年』 p.388、丸善
  17. ^ 『造幣局百年史(資料編)』 大蔵省造幣局、1971年
  18. ^ 触媒懇談会ニュース No. 62 触媒学会シニア懇談会 January 1, 2014。2017年12月3日 閲覧 (PDF)
  19. ^ 三井造船技報 No. 200(2010-6)。2017年12月3日 閲覧 (PDF)
  20. ^ 経済産業省生産動態統計年報 化学工業統計編
  21. ^ a b 化学大辞典編集委員会 『化学大辞典』 共立出版、1993年
  22. ^ M. S. Schmøkel, S. Cenedese, J. Overgaard, M. R. V. Jørgensen, Y.-S. Chen, C. Gatti, D. Stalke and B. B. Iversen, Inorg. Chem., 51, 8607 (2012).
  23. ^ E. B. Robertson and H. B. Dunford, J. Am. Chem. Soc., 86, 5080 (1964).

関連項目[編集]

外部リンク[編集]